師走とは陰暦で12月のことであり、意味は諸説があるが、「師馳す」の当て字で「師走」になった説が有力らしい。

 師(僧)がお経をあげるために東西を馳せる月ということらしい。

馳せるとは早く走ること。

12月は僧が走るだけでなく、時間が過ぎるのもあわただしい。走るとはよく言ったものだと思う。

僧は12月だけでなく1月も走っているような気もするが・・・

 今は亡き祖父は僧をしていた。どちらが本業か知らないが、歯科医でもあった。袈裟を着ているときは

のんびり本堂へ行き、お経をあげていた。 あまり走っているイメージはない。

日蓮宗だったろうか? よく覚えていない。

豪快な人であった。冗談なのか本気なのかいつもわからなかった。でもどことなく、好きな祖父だった。

たぶん、一緒に同居するような場面に遭遇していたら、1週間ほどで値を上げていたような気もするが・・・

 

 陰暦の暦は好きである。その月々で意味がある。

水無月は京都に住みだして、初めて「水無月」の和菓子を知った。冷蔵庫に少し冷やして食べるとおいしい。6月の和菓子の代表である。京都で暮らして最初に思ったことは和菓子がいたるところにあることである。もともと甘いものはあまり口にしたがるわけではなかったが、日常、和菓子をみるもので、一通りの和菓子は食していると思う。他の地域に行くと、ここまで和菓子を目にするところはないのではと思う。いろいろなものが集まっている東京ですら、和菓子の種類は京都に負けるのではと思ったりもする。

 

 今年の年内は一つのテーマである。今保有している仕事の大半を片づけて年明けを迎えたいと思っている。そのうち多く貯まり過ぎたすぎた会社の資料の不要物の破棄は来年に送ることにした。よくまあ、これだけたまったなと思うくらい貯まっている。

 今年はなぜか21年と22年の区切りをしっかりつけたいと思っている。今までたまった目に見えるもの

目に見えないものを21年までで終了して22年を始めたい。そう考えると22年は何か新しいことを始めるのに良い年なのかもしれない。